神田祭 2019

神田まつりは江戸三大祭(神田祭、山王祭、深川祭)の一つで、歴史が古く神田明神が創建された天平2年(730年)から始まったと推測されています。今年は2年に一度の大祭で、5月9日~15日まで神田明神を中心に多くの神事が行われました。

神田明神には氏子108町会が有する大小200基の神輿に明神様の御神霊を遷す神事が5月10日夕方、私たちの事務所のある紺屋町でも小さい神輿が奉安されている神酒所・御仮屋(おかりや)に、お揃いの半纏に身を包んだ氏子町会の人々が集まっているなか、厳粛に行われました。

こうして空っぽだった小さな町内神輿に神様がお乗りになり、町内を巡り祓い清めながら明日、神田明神へ宮入する訳です。

お祭りのほんの一端を御仮屋の傍で町会婦人部の方々が用意してくれた御酒と焼き鳥で参加しました。

庭園美術館 その2

庭園美術館の庭にはこんな彫刻もありました。その横のプレートの説明には、

「東京都とパリ市の友好都市協定は、1982年7月14日、鈴木俊一東京都知事及び、ジャック・シラクパリ市長により調印された。「住まい」と題するこの彫刻は、1963年ザッキンが製作したものであり、両都市を結ぶ友好の絆の象徴としてパリ市から東京都に寄贈されたものである。1989年10月」

友好都市パリ市から贈られた ザッキン作「住まい」

プレート

 

オシップ・ザッキン(1890-1967)フランスの彫刻家

親日家として知られ、藤田嗣治とも深い親交がある。

庭園美術館の桜

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春、3月末

東京都庭園美術館で、当協会主催の「生きいき実践講座」を開きました。副館長による旧朝香の宮邸の紹介や開催中であった「岡上淑子」展について、参加者約30名が聞き入っていました。

副館長の岡部友子さん。余談ですがとお話しされました。「米国ワシントンのポトマック河畔」の有名な桜並木の桜は、今から107年前に東京市長の尾崎行雄さんが日米友好親善のため送ったものです。そのうち数本の苗木が今から20数年前に東京都庭園美術館に里帰りし、今は庭園に立派に咲いております。

更に、今度は庭園美術館の桜の枝を分けて接ぎ木をし育てた桜の苗木が、北品川の市街地再開発事業地に植樹されたというお話をされました。

日本からアメリカへ渡り、そして日本の庭園美術館そして北品川へと、桜を通して友好の歴史が残せる素晴らしいことだと思いました。

胡蝶蘭の花が咲きました

私たちが所属する事務所は、一昨年春引越しました。

神田川に面する外神田の昌平橋のたもとから内神田の神田紺屋町に移ったのです。

鍛冶町の隣です。

江戸の歴史を感じさせる町名です。

地元の方が経営するビルの2階の一室です。

 

ビルのオーナーは、さっぱりとした粋な神田っ子という感じの素敵な方です。

引っ越しは面倒です。

一段落した折、私たちのオフィスには不釣り合いとも思われる鉢植えの素敵な「胡蝶蘭」のプレゼントが届きました。

地味だった部屋が急に明るくなりました。

上品で清楚、そして優雅な花でした。

でも、

いつの間にか花が散り、枯れ果てていきました。

その存在も忘れ去っていきました。

 

思わぬことが起こりました。

二年後の今年の春、枯れ果ててしまったと思われていた花茎に「純白の花」が七つ八つと花をつけたのです。

花心がほのかな「ライトパープル色」に染まっています。

なんと可憐で優雅な花なのでしょう。

まさに「幸せを呼ぶ 白い蝶」です。

凄いです。 感動です。

 

また、部屋がパーッと明るくなりました。

私たちの心も豊かになりました。

誰かが 水をやっていたのですね。

 

ふと、金子みすゞの詩「星とたんぽぽ」が浮かんできました。

 

散ってすがれた たんぽぽの

瓦のすきに だァーまって

春のくるまで かくれている

強いその根は 眼にみえぬ

見えぬけれども あるんだよ

神田祭り

胡蝶蘭が咲きました。